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聶永真

Aaron Nieh | アーロン・ニエ

日本のデザインから学び続ける

最後の質問、日本のデザインについて思うことを教えてください。

アーロン 僕の大学の先生はアメリカに留学していた人だったので、当時はアメリカやスイスのデザインに触れる機会のほうが多かったかもしれません。フリーで働きはじめてから多くの作品を見ていくなかで、少しずつ日本のデザインについても理解するようになっていきました。実際、デザインだけじゃなく、台湾は日本から多くの影響、刺激を受けています。僕が思うには、日本のデザインは、文化的に共感しやすい。僕たちが敏感に感じるアジア的な美意識にまで訴えかけてきます。日本人の繊細な感性は、仕事の取り組み方でも見えてくる。とても細かいものをつくり上げるパワーがありますよね。ここが台湾と日本の大きな違いなんじゃないでしょうか。根本的なところは最終的なデザインにも出ます。姿勢や心構えといった精神的な部分は、まだまだ僕たちが勉強しないと。

あと文字も似ているというのもありますね。書体の資料などは日本のものが一番いい。東京TDC(タイプディレクターズクラブ)が好きで、定期的にチェックしています。TDCを通して日本のデザインについて知ることができたし、触発されています。もし今の時点で一番好きな外国のデザインはと聞かれれば、迷わず日本と答えます。

もちろん影響を受けすぎるのも良くないですよね。10年くらい前から海外の人に日本っぽいと指摘されることも多くなってきています。最近は差別化を図りたい、台湾らしさを確立したいという地元デザイナーの動きも目立ってきていると思います。

今の日本のブックデザインはあまり冒険ができなくなっているんです。出版社が過激なデザインを嫌う傾向があって、実験的なデザインがやりにくい環境になっています。アーロンさんの作品や斬新に挑戦している姿勢は、逆にいま日本のデザイナーが憧れるものだし、学ばなくちゃいけないと思うんですよ。若いデザイナーの刺激になるだろうし、台湾と日本とで、互いが学びあうという状況になったなという気がしています。

アーロン 嬉しい言葉ですが、僕自身は台湾を代表するようなデザイナーだとは思ってないです。少し目立っているかもしれないけど、僕よりも才能ある優秀な人がたくさんいますし。「人上有人、天外有天」(他に人あり、他に天あり)という中国語の諺が言うように、有能な人の背後にも有能な人はいるし、少しぐらい能力があるからといって、謙虚に学び続ける姿勢を失ってはいけないと自分に言い聞かせています。

その謙虚さも学ばないといけないところですね。今回は本当に長い時間ありがとうございました。

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冒頭に「4年の間に彼の作品も制作姿勢にも変化があったようだ」と書いたが、謙虚な勉強家で、グラフィックデザインの可能性を探り挑戦する、という意味では以前と変わっていない。それがより真摯に、もっと深みのあるデザインを求めるようになった。これは彼自身の成長だけでなく、彼を取り巻く環境の変化もあるだろう。グラフィックデザインの一般認識が高まり、その先端にいる彼の責任感もより大きくなった。

またここ数年、街中の店でも書店でも「台湾製造 made in Taiwan」の文字をよく見るようになったことも無視できない。台湾のアイデンティティ、台湾のオリジナルを探し求めるなか、グラフィックデザインという表現方法は有効な手段だ。アーロンさんの作品は決して土着的なものではないが、オリジナリティを探求し、彼なりの答えを見出そうとしているように思えた。


聶永真|Aaron Nieh,Nieh Yung-Chen

1977年台中生まれ。2001年、国立台湾科技大学商業デザイン科卒業。国立台湾藝術大学応用メディアアート専攻、中退。以後フリーランスとしてデザインの仕事を行う。革新的なブックデザインやCDジャケットなどで注目を集める。現在台湾でも最も影響力のあるデザイナー。CD作品ではゴールデンメロディー賞にて第21回(2010年/林宥嘉『感官/世界』)、25回(2014年/李宗盛『山丘』)、26回(2015年/盧葦『小湊戀歌』)ベストアルバムデザイン賞受賞。ドイツのプロダクト賞レッドドット賞、IF賞、APD(Asia Pacific Design)年鑑及び東京TDC(タイプディレクターズクラブ)年鑑収録、ほか受賞多数。AGI(Alliance Graphique Internationale)会員、2013年にはレッドドット賞の審査員も務めた。